三、財産権の保障
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三、財産権の保障
1 財産権の意味と財産権の考え方の変化 |
憲法29条は財産権を保障しています。
財産権とは、個々の財産権の保障と、この財産権を制度として保障するための、私有財産制を意味しています。
個々の財産権の保障 |
私有財産制の保障(財産権を制度として保障するため) |
歴史的には、18世紀末の近代憲法においては財産権は「個人の不可侵の人権」と解されていました。
つまり財産権は絶対に誰からも奪われないものとされていました。
しかし20世紀以降は財産権は法律によって制約を受けると解されるようになりました。
個人の財産だけでなく公共の福祉のことも考えよう、という風に考え方が変わっていったのです。
18世紀末の近代憲法においては財産権は「個人の不可侵の人権」と解されていた。 財産権は絶対に誰からも奪われないものとされていた。 |
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20世紀以降は財産権は法律によって制約を受けると解されるようになった。 個人の財産だけでなく公共の福祉のことも考えよう、という風に考え方が変わっていった。 |
2 財産権の一般的制限 |
ふーん、でも財産権は保障されるなんて言っておきながら、制約も受けちゃうんでしょ。何だかイヤだなぁ。
そうです。財産権は「公共の福祉」のために制約を受けます。このことは憲法29条2項に規定されています。
しかし、私たちも橋が造られたり、ダムが造られたりして便利な世の中になって、その恩恵を受けています。
個人個人が勝手なことをしていたら、こうしたことは実現できません。
社会全体のことを考えて、みんなが便利に過ごせる世の中にしていくために公共の福祉は必要なことなのです(第6章 基本的人権の限界 一、人権と公共の福祉)。
それもそうだね。公共の福祉のためなら勝手なこと言っちゃダメだよね。
この財産権の規制は消極目的規制にも積極目的規制にも両方に服する、としています。
森林法事件(最大判昭62・4・22) |
森林法事件では、共有林についてその持分価額1/2以下の共有者が、民法256条1項に基づいて分割請求することを制限する旧森林法186条は憲法29条2項に反し違憲ではないか、と争われました。
判例はこれを違憲である、としました。
旧森林法186条の分割制限規定の目的は森林の経営の安定を図るものです。
しかし、分割制限規定があることによって共有者間の紛争が永続してしまいます。
したがって、この分割制限規定を必要な限度を超えた不必要な規制である、としました。
分割制限規定は憲法29条2項に違反し無効とされたのです。
要するに森林法事件は違憲判決だった、旧森林法の分割制限規定は憲法29条2項に違反し無効である、としたわけね。
財産権は条例によっても制約されます。
ひぇ~!また制約だぁ~!
安心してください。
財産権の条例による制約については学説も分かれていますが、今日では「法律の範囲内で」行われる、とされています。
つまり法律に反したメチャクチャな条例では財産権を制約することができないのです。
奈良県ため池条例事件では、法律ではなく、条例による財産権の制限が許されるか否かが争われました。
奈良県ため池条例事件 (最判昭38・6・26) |
奈良県ため池条例事件では、法律ではなく条例による財産権の制限は許される、としました。
理由は、条例も地方議会において民主的に手続きを経て制定された法であるからです。
3 財産権の制限と保障の要否 |
先生!僕も公共の福祉のために国民が飢饉で苦しんでいたら、僕の財産をタダで国民全員に与えてあげたいと思います!
ケンくんは偉いですね。でもタダじゃなくても大丈夫かもしれません。
もしもそうした飢饉が起きて、政府の役人がケンくんのところに来て財産をください、という場合、補償がされることもあります。
補償!?何それ!?
憲法29条3項は「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」と定めています。
この規定には私有財産を公共のために利用できることと、その場合には正当な補償が必要であるとしています。
「公共のため」とは、病院、学校、ダム等建設のような公共事業だけではなく、後述する農地買収のように特定の個人だけが利益を受けても、収用の目的が広く公益のためであれば構いません。
ふーん。で、どんなときにその正当な補償がされるの?
4 正当な補償 |
財産権が規制されたときの、正当な補償について考え方が2つあります。
1つ目は完全補償説、2つ目は相当補償説、です。
完全補償説とは財産の客観的な市場価額を補償することです。
文字通り完全に補償する、という考え方です。完全に補償することで正当な補償、とする、という考え方です。
相当補償説とは財産を合理的に算出して補償することです。
文字通り「相当な程度に補償する、という考え方です。
相当、つまりほどほどに補償することで正当な補償とする、というものです。
完全補償説: 財産の客観的な市場価額を補償すること。文字通り完全に補償する、という考え方。完全に補償することで正当な補償、とする、という考え方。 |
相当補償説: 財産を合理的に算出して補償すること。文字通り「相当な程度に補償する、という考え方。相当、つまりほどほどに補償することで正当な補償とする、という考え方。 |
両説に関連する判例を説明します。
完全補償説については土地収用補償事件が有名な判例です。
土地収用補償事件(最判昭48.10.18) |
土地収用補償事件では、正当な補償とはいかなるものかについて、当該財産の客観的な市場価格の全額である、としました。
完全補償説を採用したのです。
土地収用補償事件の人たちは、完全な補償がされてよかったね♪
相当補償説については農地買収対価事件が有名な判例です。
農地買収対価事件(最判昭28.12.23) |
農地買収対価事件では、正当な補償とはいかなるものかについて、当該財産について合理的に算出された相当な額であれば市場価格を下回ってもよい、としました。
相当補償説を採用したのです。
農地買収対価事件の人は、相当程度の補償しかされなくて、かわいそうだなぁー。
国側の相当補償も、戦後の農地改革という特殊な状況を考えると、やむをえなかったのです。国には、完全補償をするほどのお金も無かったのです。
新しい判例の、完全補償説が通説になってるの?
完全保障説、相当保障説、のうちどちらかが優越している、というわけではありません。
完全保障説も相当保障説も併存している、という考え方が通説です。
第2部 第10章 経済的自由権 三、財産権の保障 おしまい
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