一、司法権の意味と司法権の限界
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一、司法権の意味と司法権の限界
裁判所について説明します。
裁判所は司法権を行使します(憲法第76条)。
日本国憲法では、民事事件、刑事事件、行政事件、で裁判を受けることができました (第13章 その他の人権 二、受益権 参照)。
明治憲法では行政事件は行政裁判所といって、特別な系列の裁判所の裁判を受け、公正な裁判が実現されませんでした。
裁判を受ける権利のところでやったね。受益権(国務請求権)だったね。
では、何でもかんでも裁判所の審査権が及ぶのでしょうか。
裁判所の審査権の範囲はどこまで及んで、どこから及ばないのでしょうか。
裁判所の審査権は法律上の争訟にあてはまらないものには及びません。
1 司法権の範囲 |
法律上の争訟とは、
①具体的な争訟について、
②法を適用することによって、
これを解決できるもののことです。
この①②の2つの要件が備わっているものが法律上の争訟の要件です。
この2つの要件が備わっていないものは法律上の争訟にあてはまらず、裁判所の審査権が及びません。
例えば、貸したお金を返さない人に対して、お金を返せ!と訴えを起こすとします。
一方は、お金を自分のところに返すよう請求する権利があると主張し、もう一方はお金を返還する義務はない、と主張するわけです。
これは具体的な争訟ですね。ここで貸金変換請求規定が定められている民法という法を適用して、これを解決することができます。
この事例は法律上の争訟の2つの要件を満たしているため、裁判所の審査権が及ぶ、といえますね。
法律上の争訟がある事例(裁判の対象になる)。 |
この法律上の争訟にあてはまらないものとして、
具体的な争訟でない場合、と
法を適用しても解決できない場合、
があります。
それぞれどんな場合?
まずは具体的な争訟でない場合、から説明します。
争訟、つまり争いごとには当事者がいます。先ほどの例でいえば、お金を貸した人とお金を借りた人が当事者です。
この当事者同士が貸金返還請求という権利が有ると主張したり、貸金返還義務は無い、と主張したりして争っていました。
こうした当事者間の具体的な権利義務や法律関係の有無に関する争いごとでない場合には法律上の争訟がないとされ、裁判所の審査権は及びません。
具体的な金利義務や法律関係の有無に関する争いごとでないとされ、裁判所の審査権が及ばなかった判例として、警察予備隊違憲訴訟があります。
警察予備隊違憲訴訟(最大昭27・10・8) |
警察予備隊違憲訴訟では、原告が警察予備隊に権利を侵害されたり、警察予備隊との間に争いが生じたり、といったことは起きていないのです。
具体的な権利義務や法律関係がないため、裁判所の審査権が及ばない、とされました。
続いて、法を適用しても解決できない場合、です。
これも法律上の争訟がないとされ、裁判所の審査権が及びません。
裁判所の審査権は及びません。
先ほどの例でいえば、民法という法を適用することによって争いごとが解決を図ることができました。
しかし、法を適用したところで、解決することができない争いごとであれば、裁判の意味がありません。
そういった争いごとには裁判所の審査権が及ばないのです。
法を適用したところで、解決することができない争いごとであった事件として板まんだら事件があります。
板まんだら事件では、板まんだらが本物であると思って寄付をした信者らが調査したところ、板まんだらは偽物であることが判明しました。
信者らは宗教法人に対し寄付金を返せ、と返還請求の権利が有ることを主張しました。
これに対し、宗教法人は返還請求の義務は無い、と主張しました。先述した具体的な権利義務はありそうです。
具体的な争訟ではない場合、ではないということですね。
しかし、この返還請求権の権利が有る、とするなら板まんだらが偽物でなくてはなりません。
板まんだらが偽物かどうかなど、裁判所は判断できません。
前提問題として宗教上の教義に関する判断が必要となるため、法律を適用したところで、終局的に解決することができません。
したがって法律上の争訟にあたらず、裁判所の審査権は及ばない、とされました。
板まんだら事件(最判昭56・4・7) |
2 司法権の限界 |
原則として裁判所は法律上の争訟を裁判します。
しかし、この原則には例外もあります。
司法権の限界です。
司法権の限界とは、法律上の争訟として司法権の範囲に含まれても、裁判所が審査しないものです。
(一)憲法の明文上の限界、
(二)国際法上の限界、
(三)憲法の解釈上の限界、
があります。
(三)憲法の解釈上の限界はさらに細かく分類すると
①自律権に関する行為、
②自由裁量に関する行為、
③統治行為、
④部分社会の法理、
があります。
具体的にそれぞれどんなものなの?
(一)憲法の明文上の限界 |
(一)憲法の明文上の限界には、議員の資格争訟の裁判(55条)や、裁判官の弾劾裁判があります(64条)。
議院の資格争訟については、憲法が議院の自律権を明文で認めているため、裁判所の審査権は及びません。
裁判官の弾劾裁判については、憲法は弾劾裁判は国会の権能としていることを明文で認めているため、裁判所の審査権は及びません。
議員の資格争訟の裁判(55条)は裁判の対象にならない。 |
裁判官の弾劾裁判(64条)は裁判の対象にならない。 |
(二)国際法上の限界 |
(二)国際法上の限界には、治外法権や条約による裁判権の制限等があります。
例えば外国人の外交官が日本で犯罪を犯したとき、争訟事件となり司法権の範囲となります。
しかし、外交官には治外法権が認められています。
治外法権とは外国の領内にいてその国の法律や裁判権の支配を受けない特権のことです。
この外国人外交官には日本の裁判所で裁判することができません。
治外法権が認められている外交官には、日本の裁判所で裁判することができない。 |
(三)憲法の解釈上の限界 |
(三)憲法の解釈上の限界には、
①自律権に関する行為、
②自由裁量に関する行為、
③統治行為、
④部分社会の法理、
があります。
①自律権に関する行為 |
憲法の解釈上の限界として、①自律権に関する行為があります。
自律権とは他の機関からの圧迫や干渉を加えられずに自主的に決定できる権能のことです。
国会や各議院の議事手続(56条)や懲罰(58条2項)がこれにあたります。
裁判所は国会又は各議院の自主性を尊重しているのです。
関連する判例に警察法改正無効事件があります。
警察法改正無効事件(最大昭37・3・7) |
②自由裁量に関する行為 |
憲法の解釈上の限界として、②自由裁量に関する行為があります。
国会や内閣などの自由裁量に属する行為は、その裁量を著しく逸脱したり著しく濫用したりしない限り、裁判の対象になりません。
例えば内閣総理大臣による国務大臣の任免、内閣総理大臣による国務大臣の訴追の同意、などです。
例として国務大臣の任免を挙げますと、任免された国務大臣は任免されたことを不服として訴えを起こすことができないのです。
国務大臣の任免権(68条):内閣総理大臣は国務大臣を任命し、任意に罷免できる。 |
③統治行為 |
憲法上の解釈上の限界として、③統治行為があります。
極めて高度に政治性のある行為については裁判の対象にならない、としています。
関連する判例として苫米地事件があります。
苫米地事件(最大昭35・6.8) |
苫米地事件では、突然の衆議院解散により苫米地氏が議院資格を失ったため、訴えを起こしました。
最高裁は衆議院解散のような統治行為に裁判所の審査権は及ばない、としました。
④部分社会の法理 |
憲法の解釈上の限界として④部分社会の法理、があります。
部分社会とは、一般の市民社会の秩序とは直接関連しない団体のことです。
例えば、地方議会、政党、大学などのことです。こうした部分社会の内部的な紛争には裁判所の審査権は及びません。
地方議会議員の懲罰処分、政党の党員の除名処分、大学の単位授与、などは裁判所の審査権は及びません。
地方議会議員懲罰 に裁判所の審査権は及ばない。 | 政党の党員の除名処分 に裁判所の審査権は及ばない。 | 大学単位不認定 に裁判所の審査権は及ばない。 |
第3部 第16章 裁判所 一、司法権の意味と司法権の限界 おしまい
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