三、私人間における人権の保障と限界
次のページ・・・第7章一、生命・自由・幸福追求権
1つ前のページ・・・二、特別な法律関係における人権の限界
三、私人間における人権の限界と保障
1 社会的権力と人権 |
伝統的な憲法理論によれば、憲法は国家に対する防禦権でした。国家から国民の自由と人権を守るためのものと考えられてきました。
明治憲法下のように、国家が人権を侵害することのないようコントロールするものでした。
明治憲法下では国家が人権を侵害することがあった。 |
伝統的な憲法理論では、憲法は国家に対する防禦権であり、国家から国民の自由と人権を守るためのものと考えられている。 |
時代は流れ20世紀になると、資本主義経済が発達していきました。
私人でありながら国家に匹敵するような大きな力(社会的権力)を持った企業やマスメディアが登場します。
こうした社会的権力を持った企業等によって、人権が脅かされるようになっていきました。
20世紀になると、資本主義経済が発達し、社会的権力を持った企業・マスメディアによって、人権が脅かされるようになっていった。 |
うわー、恐いなぁ。企業等の社会的権力から人権を守らなきゃ。
そこで私人間でも人権を守るために憲法が適用されるかどうか、が問題になりました。
伝統的な憲法理論では憲法の人権規定を適用して、人権を保護していました。
私人間でも同じように憲法の人権規定を適用して、人権を保護しても良いかどうか、という問題が生じたのです。
伝統的な憲法理論では、憲法の人権規定を適用して、人権を保護していた。 |
私人間でも憲法の人権規定を適用して、人権を保護してもよいのだろうか? |
なーるほど。で、結局憲法は、私人間でも適用されるの?されないの?
2 人権の私人間効力―二つの考え方 |
結論からいうと、私人間でも憲法の人権規定は適用されます。
私人間でも憲法の人権規定を適用して、人権を保護できる。 |
その考え方には間接適用説と直接適用説の2つがあります。通説・判例は間接適用説を採用しています。
間接適用説とは私人間には憲法が直接適用されない、とする説です。
あくまでも私人間では民法や商法などの私法が適用される、としています。
その中で信義則(民法1条)や不法行為(民法709条)などの私法の一般条項に憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用する、というものです。
間接適用説が採用された判例として、三菱樹脂事件があります。
三菱樹脂事件(最大判昭48・12・12) |
この三菱樹脂事件では、企業(私人)の採用拒否が従業員(私人)の思想・良心の自由を侵害しているのでは、と争われました。
判決では、企業には営業の自由(22条)が保障されているため、どんな従業員を採用するかは企業の自由だ、としました。
つまり特定の思想を理由に採用を拒んでも当然に違法とはならない、と判示しました。
3 直接適用説の問題点 |
ところでさー、なんで直接適用説は採用されなかったの?
良い質問です。直接適用説には色々と問題点があるのです。
直接適用説では、私的自治の原則が害されてしまいます。
私人間の行為が大幅に憲法規定によって規律されてしまったら、明治憲法下での社会と変わりません。
原則として、市民社会においては当事者の合意や契約の自由は最大限尊重されるべきなのです。
例えば憲法で法の下の平等が規定されています。
法の下の平等とは、個人が国家から差別されない権利です(詳細は第7章ニ1)。
しかし、杓子定規に何でもかんでも平等にしてしまったらどうなるでしょう。
バナナの叩き売りのように、ある人には100円、またある人には10円でバナナを売るようなことがあります。
直接適用説では、そういった場合でも憲法が介入してきて、自由に売買ができなくなってしまうおそれがあります。
私的自治の原則が脅かされてしまうのです。
直接適用説では、私的自治の原則が害されてしまう。 |
そうだね。私的自治原則は民主政の実現として重要だもんね。私人間の契約にまで憲法が規律してきたら、息苦しいったらありゃしないよ。
それに第5章 基本的人権の原理 三、人権の内容(2 分類の相対性)でも説明したように現代社会では社会権と自由権ははっきりと区別することは難しいです。
複合的な側面を持つ権利を憲法で直接適用して割り切ってしまうのは、あまりに乱暴なやり方です。
例えば国民の知る権利と報道機関との関係に直接適用すると、国民の権利が大きくなりすぎて報道機関の権利が小さくなりすぎてしまいます。
国民には知る権利があります。ある国民が、某アイドルタレントの住所や電話番号などを知りたがっているとします。
報道機関に対して、タレントの情報を公開しろ、と要求してきました。
こういった場合はどうなるでしょうか。
確かに国民には知る権利があります。
しかし、国民の知る権利ばかり尊重してしまうと、タレントやそのタレントが所属している事務所のプライバシーの権利が、侵害されてしまうことになります。
人権同士の調整はとても難しいものです。
こうした場合に、憲法が直接適用されてしまうと、どちらか一方だけの人権を尊重してしまい、人権同士の調整が図れなくなってしまうのです。
なーるほど。直接適用説だと色々な問題が生じるんだね。
第2部 第6章 基本的人権の限界 三、私人間における人権の保障と限界 おしまい
次のページ・・・第7章一、生命・自由・幸福追求権
1つ前のページ・・・二、特別な法律関係における人権の限界